「原点」と「頂点」

私と息子のテニスレッスン日記が中心です。あと、子育ての事、キャンプの事、そして車(メガーヌR.S. CUP-S、ミニ ジョン・クーパー1000)の事も時々。

ファミリーキャンプを始めよう! と思ったわけ

随分と過去の事になりますが、記録として整理しておこうと思います。
※2010年夏頃の話。


下の娘も生後7ヶ月になり、何とか連れ出せるようになってきた。
これからどんなことをして遊ぼうか?という話を夫婦でしていたところ

1.親子で一緒に楽しめるのが良い。
これは親が楽しそうなのは子供心にも必ず分かると思うから。
「子供の為に犠牲的にしてやってる」という訳の分からない押しつけになるのだけは避けたい。

2.TVゲームよりも自然の中で遊びたいし遊ばせたい。
自分自身が小さい頃ファミコンスーパーマリオファミスタなど)で遊んだものの、
やっぱり心底楽しかったのは野球、キャッチボール、釣りだったから。
ゲームやプラモデルなども、やりたければ勝手にやるだろう。

3.外でたべるご飯は美味い。
何と言うか、BBQ(焼き肉)でもカップ麺でも自然の中で食べると妙に美味い!

4.地の利を活かす。
せっかくロケーションの良い滋賀県に住んでいるのだから、キャンプしないのは勿体ない!


てな事で、「家族でキャンプできたら楽しいね!」ということになった。


簡単に言えば、『親がしたいから』の一言ですね。





そうそう、家の子育の基本方針は「自立」と「理不尽」です。

人生、結局は自分で判断する力が必要であるし、判断するに至らないと感じるならば
自分で情報を集め、仮説立てし、最終的には自分なりの判断をしなくてはならない。
そこを人に頼る事は出来ない。

だから、本当に些細な事からで良いので自分で考えて判断できる人間になって欲しいとは強く思っているし、
その為の機会だけは奪わないようにしたいと思っている。


あと、世の中に本当の意味の平等はなく、自己都合から見れば理不尽なものですよね。
だから、極端な温室育ちはまずいだろうと。

ただ、免疫がないなかで理不尽さに触れてしまうと、こころが強くなる前に折れてしまう。
理不尽さを乗り越えて行くにはやはり「愛情」という支えが欠かせない。
となると、「親」しかいないでしょう!
愛情と信頼があるからこそ、理不尽さも出せる。

その子の性格、自立・成長具合にもよりますが、
選択肢の限られているまっさらの子供に対して、
「どうしたいの?」ってゼロ(無)から考えさせるのはある意味酷な事なのではないか。

だからまずは、(※あくまでウチの場合ですが)

「こうしなさい!」
「これで良い!」
「つべこべ言わずにまずはやってみろ!」
「言い訳するな!」
「いやいや言うな!」

というようなある意味の理不尽さをもって接することで比較対象という構図ができ、
『俺(私)は○○じゃなくて、××が良いの〜!』
というように、自分の意見や判断を整理し易くなるのではないか。

絶対的な判断ではなく、まずは相対的な判断から。


表向きの言葉は理不尽でも、
冷静にその反応さえ見てあげられるなら良いのかなと思っています。
※ウチは反論(結構な正論)の嵐です・・・。やるな〜。


※感情を出さずに何でも「はい」と言ってしまう子や、
 反論を一切許さない厳格な家庭環境などの場合は、この方法はまずいと思います。




大きく話を脱線させてしまいましたが、

「親がキャンプしたいから、息子と娘を巻き込もう。
だって、子供も楽しいはずだからOK!」

というのがファミキャンを始めようと思ったわけでした。