「原点」と「頂点」

私と息子のテニスレッスン日記が中心です。あと、子育ての事、キャンプの事、そして車(メガーヌR.S. CUP-S、ミニ ジョン・クーパー1000)の事も時々。

温室育ちの息子よ、不登校(気味?)の克服なるか!?

GW前に風邪による欠席が2日あった以外は、結果的には毎日学校に行ってはいます。

 

ただし、ほぼ毎朝「学校行きたくない〜!!!!ぎゃお〜〜〜〜〜!!!」っと、大騒動・・・。嫁さんも疲労困憊気味です・・(^^; 

 

毎日、近所のご父兄、上級生や同級生、そして担任の先生まで巻き込んでしまっており、感謝の気持ちと、本当に申し訳ない気持ちと、息子自身も辛いだろうなという気持ちとが混じりに交じっております。

 

しかしながら、決して余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)って事はないものの「まぁ、必然であって、これは先に行く為には避けられない必要なプロセスなんだ。」と噛み締めて、開き直って楽しむようにしています。

 

そして、これを書くことで心や状況を整理して、前に進む力、サポートする力に繋げていきたいなと思っています。

 

 

これまでの状況の整理

1.前提の確認

Q1.教育とは?

A1.機会作り、可能性作り、環境作り。(期待、失敗、成功、飢餓感、仮説検証・・等)

 

Q2.どうなって欲しいか?

A2.自立心、主体性、好奇心から来るチャレンジ精神、リスクを楽しめる自信、起業家精神、リーダーシップ、そして思いやり。どの領域であっても、自分の人間性と行動で周囲(社会)に好影響を与えられるようになって欲しい。それが自分自身の楽しみとなって欲しい。

 

Q3.問題解決の方針は?

A3.人は自らの価値観で動く。心の底から納得(腹落ち)すれば動く。

 

こんな感じで非常に欲張りではあるのですが、「平々凡々が一番。人様に迷惑をかけなければそれで良い。」とは全く思っていません。

 

理由としては

  • 「期待されない事」ほど悲しいものは無いという事。
  • 「期待されない事」が成長や可能性の強烈な抑止力になるという事。
  • 「期待」はプレッシャーであるが、プレッシャーこそが成長の促進剤になるという事。
  • 誰しも可能性は無限大であり、時に常識を捨て去ることが必要であること。
  • 平均的な人間なんて存在せず、皆凸凹であるという事。

ざっとですが、こういった所が考えの根幹にあるものです。

 

結果的にどのようになるかは分かりませんし本人次第でありますが、始めから可能性を排除すること(天井や枠をがっちり作ってしまうこと)だけはしたくありません。

 

2.ここに至るまでと現状の関係

これまでは「好きな事」が簡単に見つかり過ぎたのだと思っています。

具体的には「テニス、英語、ピアノ、クラフト、アート、勉強、キャンプ」・・・等。

 

基本的な性格として「知的好奇心旺盛で、頑固で、マイペース」という感じなのですが、上記の好きな事は全てこれらと相性の良いものばかりです。

 

振り返ると、入会までして直前にキャンセルしたのは「サッカー」と「スイミング」。

 

どちらもそれ自体には興味があって好きになりそうだったのですが、『集団が苦手』、つまりマイペースにできそうにないというのが自分でも何となく感じられて、心が拒否しているのかなと思います。

 

テニス、ピアノ、英語・・・これらはたまたま「少人数」の環境であり、その他も家族でやれるものばかりなので、マイペースに集中することができます。

 

 

単純に「好きを伸ばす、得意を伸ばす」というだけで考えている訳ではなくて、どのように好きになれるか?どのようにすれば些細なことを楽しめるか?を最終的には分かって欲しいのです。

 

ただ、『Phase1:幼少期』ということで、まずは自信を付けさせたり、楽しみを感じさせたり・・・こういった事に重点を置いてきたので、ある程度は楽しみ易い環境を用意してあげていたと思います。

 

その結果、「何の疑いもなく楽しかった」という事。

ある意味では過保護であり、ある意味では温室育ちであったという事。

 

これはトレードオフの関係にあるので、Phase1としては全く問題ないと思います。

 

 

そして、小学校入学というタイミングで『Phase2:少年期』に突入して、状況が変わったということかと思います。

 

 

そう、ポイントは

  • 「マイペース」にできない。(認められ辛い。)
  • 「楽しみ方」を自ら見つけないといけない。

という状況への変化だということ。
 

 

環境に適応(変化対応)しつつ、どう自分らしさを貫けるか!? という勝負。

 

 

(過去の経験)

テニスでも、他の子がぎゃーぎゃー暴れてレッスンにならない環境でも文句言わず、一生懸命やることで、徐々にテニスできる雰囲気に変えて行き、上達していった。そしてその頑張りを見てくれていたコーチが特別に上のクラスに上げ、最終的には特例としてプライベートレッスンを可能にしてくれた。

 

英語(インターナショナル プリスクール)でも(両親が話せない不利な環境)、どんどん理解してもっと学びたい姿勢を貫く事で、可能な範囲で難しいレベルの課題を貰ったり役割を貰ったり、先生を動かし、今では日常会話が相当できりまでになった。

 

 

温室ではあって、レベル感は違ったとしても、その中で自分の行動によって、何かを変えてきた、チャンスを掴んできたことは事実。

 

できないことはない。いや、きっとできるはず。

 

 

今後の対策、方針

1.特徴の理解

人は負荷(プレッシャー)が掛かった状況下でこそ、強さ弱さを含めて、その人の本性が表れるものだと思っています。

 

今の「学校に行きたくない!」は昔の「薬飲みたくない!」の時と良く似た感じで、同じレベルでの拒否です。

 

 

2歳くらいの時だったと思いますが、体が弱く1年の半分は高熱を出していました。

当然、病院で薬を貰うのですが、これを完全拒否します。そして水分、食べ物も拒否します。何をどうやっても、飲まない、食べない・・・。流石にこの時はどん底で心が折れかけました。いや折れていました。

 

最終的にはガリガリに痩せて、点滴・・・。

 

もう、何故にそこまで拒否するのか理解できず、それはそれは壮絶な戦いだったので、今思い出しても辛さがよみがえる程です。嫁さんは、今でも思い出して号泣します。

 

所が、いつの頃からか

  • 「薬 = 病気を治すもの。」
  • 「食べ物、水分 = 病気を治すのに必要なもの。」

ということが理解、体感できたらしく、自らすすんで飲むようになり、何とか一口でも食べようとするようになりました。

 

 

やはり、散弾銃のように量(兎に角あれこれ行動する)を重視するタイプではなく、狙いを定めて質(イメージや理解をして行動する)で勝負するタイプではあるようです。

 

 

2.環境適応にむけて

今、私が親として問題なのは、

 

  1. 「学校に行かないで学習する(家庭学習)」
  2. 「学校に行って学習する」

 

どっち?と、あたかも2つの選択肢があるようにしてしまっている事実です。

これは嫁さんからの指摘でよく分かりました。

 

 

だから「パパとママに教えてもらう!(学校に行きたくない!)」と明確な意志を示してきます。

 

かたや、私達が期待しているのは「学校でどうやって学習するか?を考えて欲しい。」というものであるので、会話が成立していません。ねじれの位置にあります。

 

 

実際、「この子を伸ばすには、画一的な学校教育では難しくてホームスクーリング的なOne to Oneの教育が良いのか?」と考えていることがあるので、それを分かっているのでしょう。

 

一番良くない「ダブルスタンダード」の環境にしてしまっている責任があります。

 

 

やるべきこと その1

まずは、「家庭学習をメインにすることはなし!学校でどう学ぶか?の1択である。」という事を明確に示すことが必要です。その上で、家庭での学習サポートはあくまでおまけであることを示したい。

 

 

やるべきこと その2

次に「例え学校であってもこれまで通りマイペースに貫けば良い!」ということをちゃんと話してあげること。その方法、時間の使い方を一緒に考えていくこと。

 

根が敏感で真面目なので、「小学校ではマイペースはいけないこと」と分かってしまって、それが余計に苦しめているように思います。

 

 

やるべきこと その3

環境に適応するためには、環境を知らないといけない。環境とは社会でもあり、人間関係でもある。

 

ここは今朝息子とも話できたのですが、テニスでもピアノでも一人ではできないし、誉めてもらったりすると嬉しいし、同じ話題で盛り上がることは楽しい。人は共感や共有なしではきっと生きて行けないし、誰の世話にもならないということもあり得ない。

 

だからこそ、周囲を把握、理解する機会は今のPhase2には欠かせない。

 

でも、これをメインに楽しめるかというと、これは何かを通してジワジワと感じるものであって、こればかりを集中的にやるわけにも行かない。

 

マイペースでも自ら動けば周囲も動く! 新たな関係性が必ず生まれる!

 

 

 

3.最後に

親も完璧ではないので間違いはあるが、安易に間違っても良いという事でわけではない。ベストを尽くさねばならないということ。

 

今の状況は

  1. 単なる単なる「我がまま」であるのか?
  2. 伸びたい意欲を削がれることに対する訴え叫びなのか?

 

どっちであるのかの見極めは本当に本当に難しく、紙一重!!!だと痛感しています。

夫婦で毎日毎日考えています。それでも簡単には解けない。

 

ここ数日だけを見れば、ワガママが勝っているように思います。

 

だからこそ、真剣に傾聴して、向き合って、最適な対処をしていくことが責任だと、楽しみだと、1秒1秒が真剣勝負だと、言い聞かせています。

 

だからこんなブログも書いてしまいます。

 

 

そして、考えに考えたので、この方向には自信があります!!!(^^

 

それこそ嬉しい誤算で、本当に突き抜けるような天賦の才があるなら、きっと誰かが手を差し伸べて導いてくれると思います。

 

 

 

あとは、状況が正しくシンプルに見えたとして、それが「簡単」に進むという事ではない! という事を肝に銘じるこを忘れないこと。

 

ブレるな〜! 私達夫婦よ〜!

 

頑張れ息子よ〜! 心配するな〜娘よ! (^^)/

 

 

 

P.S.

寝起きがかなり悪いので、それが原因か?とも疑いました。

 

そこで今朝は起こし方、目の覚まし方を工夫して機嫌良く起こすことに成功しましたが・・・やはり駄目でした。

 

そこは全く関係なかったことがはっきりして、良かったです・・(^-^;