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「原点」と「頂点」

私と息子のテニスレッスン日記が中心です。あと、子育ての事、キャンプの事、そして車(メガーヌR.S. CUP-S、ミニ ジョン・クーパー1000)の事も時々。

父が亡くなりました。(将来の自分への記録)

将来の自分に今の気持ちを伝える為に書き残す。

もう2週間程前になりますが、父が亡くなった。

 

ここ数年ずっと闘病生活だったので覚悟はしていましたが、現実のものとなるとそれはそれで色々と思う所はありますね。

 

生前の親子の生活で学び、生前を振り返ることで学び、死をもって「無常」を学ぶ。

 

絶対に似たくない部分、嫌だけれど似ていると認めざるを得ない部分・・・これも色々です。

 

地域社会を含め周囲との関わりに感謝、これも改めて感じさせられる機会でもありました。

 

大変な事の方が多かったですが、父は父なりに、家族は家族なりに全員よく頑張ったなと。

 

特に母と姉(長女)は最後の最後まで大変だったと思います。義理の兄達や孫達にも本当に恵まれていました。

 

私の妻にも色々と迷惑を掛けたのですが、嫌な顔一つせず強力して支えてくれましたし感謝しかありません。

 

「あの時もっと・・・」という部分もありますが、概ね悔いなく送り出せたのではないかなと思います。

 

特に、骨上げの際の気持ちは忘れられません。親類関係で過去に何度か骨上げを経験していますが、その時は悲しさや辛さの感情が心の大部分を占めていました。

 

しかし、今回は通夜、葬儀を通して一つ一つ整理してきた事もあってなのか、すーっと心が落ち着いていくのを我ながら感じました。

 

一つ一つ丁寧に拾って骨壺におさめていったのですが、係の方も過去に見た事が無いと言う程、本当にしっかりした頑丈そうな大きな骨で見事でした。

 

生前父が「ワシは体だけは強くて頑丈や。」と言っていたのですが、本当だったなと妙に感心しましたし、このDNAが息子にも入っていてくれれば良いな〜おじいちゃん(父)が守ってくれるなな〜とか、そういう気持ちになったりもしました。

 

人(ひと)という心の生物が生きていく中で必要な事は沢山ありますね、そして歴史として儀式として成っているものですね、意味があるんですね。

 

これ以上細かな事は書き残しませんが、これで十分想い出す事が出来ると思います。

 

「いまを生きる。」 大事な事です。

 

 

不思議体験を書き残す。

あと、亡くなる1週間程前に事なのですが、入院先の病室で父が不思議な事を言っていました。

 

「身寄りの無い可哀想な人の葬儀をワシ(父)がしてあげなあかん。」といって、その段取りを母に指示しているんです。

 

誰のこと?どこにいるの?と聞いた際には「そこにおるやろ。」と。

 

誰の事を言っているのか全く思い当たる所もありませんし、脳内で記憶が作り出されているのだろうと考えていました。

 

所がです、仮通夜でお借りしていた葬儀場で父の向かいの部屋の方が身寄り無く亡くなった方だったのです。

 

息子さんが絶縁状態で連絡がつかず、遠い遠い親戚の方が手続きされたのみでその後は全て葬儀屋さんにお任せという状態。

 

父は最後まで頭はしっかりしていたので、たまたま偶然だったとは思えず、科学的には全く説明する事ができませんが、時間や空間を越えて何か見えていたのか??? 

 

私はそういう事は信じないタイプなのですが非常に不思議だなと。

 

その他にも同時期(亡くなる前)、私を含め家族の夢に順番に出てきて会話をしているのですが、亡くなってからではなく、生前なんですよね。

 

 まあ、これは家族皆が心配していたので、そういう夢を見たのかなと考えるのが普通でしょうね。

 

それでも、姉と私が父が亡くなる少し前の夜中全く同じ時刻(4:44)に目を覚ましていた事や、父から見て孫の1人(大学生)が見た夢は孫が知らないはずの事が起こっていて、それはそれで不思議ではありましたが。

 

兎に角、良いも悪いも強烈に家族の記憶に存在感が残された父は幸せだったに違いありません!