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「原点」と「頂点」

私と息子のテニスレッスン日記が中心です。あと、子育ての事、キャンプの事、そして車(メガーヌR.S. CUP-S、ミニ ジョン・クーパー1000)の事も時々。

夏期ジュニア12歳以下(壁が越えられない、最初の一歩が踏み出せない。)

a.息子テニス試合日記 c.子育て

結果

1回戦 0-6 Lost (vs 14シード)

1セットマッチ(デュース有り)にも関わらず、0-6、僅か20分での完敗でした。

 

 

振返り

0-6の負けは仕方ないですが、今回もチャレンジできなかった、ベストを尽くせなかったのが残念でした。

 

仮に練習の実力をを100とするならば、試合で30出せれば合格かと思います。しかし、今回は(も)5くらい・・・。

 

ラリーもほぼゼロで、半分はフレームショット。沢山あったチャンスボールも大きくロングアウトを繰り返し、何の工夫も出来ないまま、静かに終わりました。

 

ノープレッシャーの養殖場(テニスレッスン)では打てても、試合では試合前からチャレンジを放棄(精神的な棄権)してしまいました。

 

この逃げの姿勢は相手が強くても、弱くても、誰であっても同じ傾向です。1球コートに返球できれば、「返ってくるな〜、ミスしてくれ〜」という状態。

 

「試合ではこんな闘い方をしたい!」という気持ちも無く、これは好きなテニスプレイヤーも特にいないという事とも関連があるとは思っています。

 

異常に傷つき易い(プライド)がゆえ、チャレンジを楽しめないのです。確実に勝てる世界での勝負は大好きなのですが、負ける可能性が少しでも出てくると、途端に「出来ない子」という逃げ場に隠れ込んでしまいます。

 

仮に「○○だけしないさい。」と事前に刷り込んでおけば、得意の受け身(責任なし)なのでそれだけはやれると思いますが、ただの操り人形、ロボットでしかありません・・・。

 

  • (DFだけで試合が終わっていまうので)サーブを頑張って入れようと言われれば、サーブが入れば構えず・・・で終わり。
  • (大きく振られてしまった時は)悪い体勢でフレームショットでも良いから返球しようと言われれば、チャンスボールでも当てて入れて・・・で終わり。

 

言われた言葉の表面だけを何となく聞いて、それで終わり。テニスというものを何も考え、イメージしていません。

 

勿論、コーチと約束したはずの自宅でのフットワーク練習なども全くやりません。

 

 

 

 

以下は、随分前に買った本(ハーバードの人生を変える授業)からの一部抜粋です。

 

 

 

困難から学ぶ

 

人は困難を克服する事で幸福になれるのです。「人間が本当に必要としているのは不安の無い状態ではなく、価値ある目標の為に努力する事である。人間に必要なのは何としてでも不安を取り除くことではなく、意義の達成に使命を感じることである。」

 

人は困難な時期があるからこそ、より大きな喜びを感じられるようになるということを忘れてはなりません。困難こそが、人生におけるすべての喜びへの感謝の気持ちをつくり、この感謝の気持ちこそが、真の生きがいや喜びの源になるのです。

 

 

 

失敗から学ぶ

 

諦めずに立ち向かうことは、勝ち負けや、失敗か成功かという結果よりも、自尊心にとって、長期的に良い結果をもたらすのです。

 

実際に失敗した時の辛さよりも、失敗するかもしれないと感じる時の恐怖の方が、実は私達を痛めつけるのです。

 

失敗からより賢く、強くなったということに気付けば、これからもずっと生き延びていけると自信を持つことができます。実際に失敗を経験し、それを越える事によってのみ、失敗にどう対処するかを学ぶ事が出来ます。困難や障害と向き合うのが早ければ早い程、人生の避けられない障害にうまく対処できるようになるのです。

 

 

 

完全主義を手放す

 

完全主義は現実を拒絶する考え方であるのに対して、最善主義はは現実を受け入れる考え方である。

 

最善主義は、失敗は人生の自然な一部であり、成功につながる欠かせない要素だと理解しています。最善主義者は失敗を楽しむまではできないにしても、自然な事として受け入れ、心配をあまりせず活動を楽しむ事が出来るのです。

 

 

 

期待をコントロールする

 

生き残る事ができたのは、自分たちのおかれている過酷な状況を現実と受け止めながらも、最終的にはすべてうまくいくだろうと希望を失わなかった人々なのです。

 

大きな望みや高い期待と、その対極にあるつらい現実。その間のバランスをとることは、目標を設定するためにも役立ちます。どんな目標が現実的であり、かつやる気を起こさせてくれるかを見極めるのは簡単ではありません。しかし、「やる気が最大となるのは、成功する可能性が五分五分の場合である。」

 

「希望をもって旅することは、目的地に到着することよりずっと良い」

 

 

人を伸ばす

 

高等教育を受けた頭の良い20代前半の新入社員達は、絶え間なくおだてられたり、誉められたりしなくてはならず、批判めいた事を口にしようものならたちまち不機嫌になり、仕事を辞めてしまう者さえいるのです。

 

こうした「ほめられ世代」は心優しい親と教師に囲まれ育ちました。親や教師達は子供達の自尊心を育て、自信を持たせたいという願いから、絶え間なく無条件のほめ言葉を与えてきました。そして、子供達のもろいプライドを傷つけるかもしれないからと、批判めいた言葉は口にしないようにしてきました。しかし、結果は裏目に出てしまいました。高い自己信頼感を持った大人になるどことか、彼らは自信のない甘やかされた人間になってしまったのです。

 

挑戦し、粘り強さを発揮し、間違いを認めてそれを正しくしていく事がもとめられる社会において、そんな人間が成功するとは思えない。

 

 

 

子供の成長具合(キャパ)の判断が難しく、教育的にどのタイミングで何がいけるか?が難しいなと日々感じています。

 

が、もうすぐ9歳、そろそろ仕込んで行く頃かと思っています。

 

同じ我が子でも、要領の良くない娘(6歳)は文句を言いながらでも、「言い訳」だと心の何処かで自覚しているようで、ほんの僅かではあっても改善傾向(予兆)を感じる事ができますし、自分なりの努力をしている姿を良く見ます。

 

要領の良い息子の場合は、それなりの結果は簡単に手に入るのですが、質的な変化はずっとありません。そして言い訳に対しても100%正当化している節があります。私と妻、そして今のピアノの先生以外には怒られたり指摘された経験も無いと思います。

 

以前「ママ(妻)が観に来ると緊張するから(上手くできない)。」と言うので、試合は私と二人だけにしました。

 

すると、今度は「負けるとパパに何か言われるから(と思うと緊張するから上手くできない)」と言うので、久しぶりに妻も同伴してサポートしてみました。

 

すると、「相手が強そうだったから(緊張して上手くできなかった)。」という事です。

 

確かに「緊張して上手くできない」という現象は事実ですが、その原因は息子自身にあります。先程も書きましたが、ろくに練習もせず自信が生まれるはずもなく、イメトレしていなのに対応できるはずもなく、会場でウォームアップもせず身体が動くはずもありません。

 

そして、その全ての事は過去何度も失敗していて、色々な人から優しく何度も何度もアドバイスされていて、その度に「うん、分かった。」と即答というスルーをしてきた訳です。

 

「切換え」というと良く聞こえますが、逃避して無い事にしているだけ。だから、ケロッとして、ぎゃはぎゃはと直ぐにバカ騒ぎして遊べてしまいますし、してきされた事(練習など)のアクションを結局は起こさず、ずっと同じまま。

 

会話(聴く)ひとつ、猫の世話ひとつ、お手伝いひとつ、片付けひとつ、球拾いひとつ、挨拶ひとつ、感謝の言葉ひとつ、道具の準備ひとつ、試合前のウォームアップひとつ・・・どこを切り取っても肝心なモノが足りません。

 

親として耳が痛い、恥ずかしい限りです。育てる、教えるというのは親のエゴ、おごりにも繋がり易いと思うので注意が必要だと思いますし、機会、環境づくりを行って成長を阻害しないようにしたいなと意識を継続しようと思います。

 

 

 

 

 

こんな感じで、親子揃ってず〜〜〜っと「この壁」が越えられないのですが、テニスって本当に人格がそのまま表れるので、素晴らしい教育ツールであり、奥深く楽しいスポーツだなと感じます!(^^

 

現実を認め、自分の弱さと向き合い、挑戦を楽しみ、その過程を幸せと感じられるようになって欲しいものです。

 

よく「好きこそものの上手なれ」とか「enjoyが大切」とか言いますが、まさにその通りだとは思います。

 

ただし、私は「研究し、探求し、鍛錬し、挑戦し、成し遂げる、共感する」といったクリエイティブな活動の総称がenjoyだと解釈していますので、enjoyよりもCreativityが大事だと考えています。

 

勿論、今直ぐには難しく、時期尚早だとは思いますが、そこに繋がる良い布石を打っていきたいですね。

 

 

 

 

 

最後に、バブリンカ選手の手に刻まれているタトゥー、、、これはノーベル文学賞作家のサミュエル・ベケットさんの言葉だそうですが、

 

「Ever tried. Ever failed. No matter. Try Again. Fail again. Fail better.」

「やることなすこと、何もかもうまく行かなかったとしても、気にすることはない。 またやって、また失敗すればいい。前より上手に失敗すればいい。」

 

感動的ですね。 見習いたい!!!(^^