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「原点」と「頂点」

私と息子のテニスレッスン日記が中心です。あと、子育ての事、キャンプの事、そして車(メガーヌR.S. CUP-S、ミニ ジョン・クーパー1000)の事も時々。

プライベートレッスン102、103回目(さて、この先はどうするべきか。)

時間がたっぷりある夏休みを「成長のチャンス!」と楽しみにしていたのですが、現実はそう甘くなく・・・。

 

「やれない、やらない言い訳」が無くなった分、「ハングリーさ、やる気の無さ」がモロに出てしまっております。

 

コーチの過去の経験談を根掘り葉掘り聞いていたのですが、やはり「Winning hungry」の有無がその後を左右するとの事でした。

 

日本的で言うところのセンスは「能力、才能」という意味合いが強いですが、必要なのは感じる力、考える力という意味の「Sense(センサー的な意味)」の方だと。

 

目標をもって、楽しみながら努力を継続できる姿勢、行動ですね。

 

現状に対する(冷静でない)感情

 先日も書きましたが、もうすぐ9歳をむかえる息子にその兆しが無いのが正直心配です。

 

ライバルの不在という懸念もあるのでKidsテニスに参加して沢山の刺激を受けたのですが、それが次に繋がるという事もなく。

 

満たされ過ぎなのか、生まれもってのものなのか、親の教育が悪かったのか・・・・理由は定かではありませんが、現時点ではハングリーさはゼロです。

 

自分自身を振返ってみると、色々な意味で運動をさせてもらえる環境に(が)無かったので、キャッチボールでも、壁当てでも、素振りでも、何でもやりたくて仕方が無かったです。

 

狭い路地の薄暗い街灯の元、少しでも明るい街灯を探して友人とキャッチボールをしていた事が懐かしく、一度だけ父親が仕事の合間にキャッチボールの相手をしてくれた事を今でも鮮明に覚えています。

 

一方、息子はいつでもやれる環境にあるので「そういうもの」に飢えていなくて、楽しさや執着心が感じられません。

 

都会の人が自然豊かな田舎に憧れ、田舎の人が華やかな都会に憧れるようなもので、人間は元来そういう性質なのかもしれませんね。

 

現時点では、不本意ながら親がやらせているだけの状態(受け身)です。

 

始めはそういう手引き(ガイド)が必要だと思ってやってきましたが、「いつまで『やらせる』べきか?」という問題が徐々に大きくなってきています。

 

取り越し苦労で終わってくれれば良いのですが、テニス以外でも全般的にそうなので、そう楽観的にもなっていられません。

 

しんどい事、成功が確約されていない事からはとことん逃げてます。

 

強制(管理)は楽で自由(責任)は厳しいと言いますが、正にそうですよね。

 

今の年齢で全てを自己責任で選択させるのは酷な事だとは思っていますが、そっちの方向にはジワジワと寄せて行きたいと考えている事も事実です。

 

あとは、「イモムシがチョウチョに完全変態するように、男の子はある年齢でガラッと変わるよ。」という言葉にすがるしかないのかな???

 

 

冷静な分析視点から今後の教育方針を決める

  • 「勝った時の充実感」 と 「負けた時の恥ずかしさ(周囲の目)」 を天秤にかけると後者が勝ってしまうので、勝負を避けている。
  • 小さい時は周囲の目が気にならなかったので、純粋に勝負好きだったのが、羞恥心などが出てきて勝負好きを隠すようになってきている。
  • 勝つには「練習(しんどい事)」が必要だが、それはやりたくない。
  • ドーパミンが多量に出る試合経験がほぼ無い。(安堵感は一度ある。)

 

つまり、「自信や快感」に繋がる一歩手前まで来ているが、「負け続けている事(恥ずかしさ、逃げられなさ)」と「サボリ癖」という二つの要因によって後戻りしてしまっている状況である。というのが客観的な現状分析の結果です。

 

続いて教育タイミングに関する考察ですが、これまでは小学4年生になるまでは親の方で下駄を履かせて(ガイドをしてやって)擬似的な楽しさや自信を与えてあげようと計画していたのですが、テニスの現実は想像よりも厳しく、与えられた張りぼての武器(自信)では到底太刀打ちできず、コテンパンに打ちのめされてしまい、良い経験を積む事すらできません。

 

反面、テニスのショット技術だけはコツコツと上がってきて、最低限の一通りのショットは打てるようになってしまい、この先は「試合でどう使うか?」といった実戦的な視点を取り入れて行く段階に来てしまいました。

 

つまり、「勝負」に立ち向かうという前提を無くして、単にボールを打つだけの時期は幸か不幸か終焉を迎えたという事です。

 

この先は少しずつでも自分で興味を持って、自分で探求して、自分でアドバイスを求めて、という主体性が無いとやる事がありませんし、上達もありません。

 

現に、ここ最近のレッスンを見ていても消化試合と言いますか、惰性でこなしているだけなので、何の盛り上がりもなく、何の上達もなく、、、むしろ後退(下手になる)してしまっています。

 

何も残らない、会話にもならない、盛り上がらない。

 

周囲の空気だけを読み口車を合わせてノラリクラリと生きるような人間にはなって欲しくありません。

 

  • 分からないものは分からないと言える
  • 嫌いなものは嫌いと言える
  • 好きなものは好きと言える
  • やりたい事はやりたいと言える
  • まずはやってみる
  • 常識にとらわれずゼロから考えられる
  • 違うと思ったら違うと言える
  • 別の方が良いと思えばそれを上手に提案できる
  • 自分だけが良ければ良いのではなく相手の立場で考えられる
  • 自分で責任をもって判断決断できる

 

そういう風に育てたい、育って欲しいと考えています。

 

 

「まだ8歳だしな〜早過ぎるな〜。」と、ある意味で親の方も「決断」を先送りにしてきたのですが、もう避ける事は出来ない状況に来てしまいました。

 

当初の予定より半年近く早く訪れてしまいましたが、「主体的にテニスに取り組むか?」or「テニスを止めるか?」という決断の時だと。

 

 

これまでも時折そういう布石を打ってきていましたが、この2〜3週間は妻にも色々な役割をお願いしつつ、息子とこってりと戦っておりました。

 

scrap & build

 

本当にガード(変化したくない)が強くて、粘り合い。お互いに意地の張り合い。 

 

死闘の連続の末、昨日の夜にようやく心が少し開き、予兆前兆が初めて出ました!!!

 

そして、今朝、久しぶりの自主練習(素振り)を行いましたが、僅か数十分の素振りだったのですが、数ヶ月分のオンコートレッスンよりも充実したものになりました。

 

主体的な姿勢で来てくれると、会話の密度が違いますし、吸収がまるで違います。

 

そして、息子の唯一の武器であり、最大の武器である「心の底から分かった時の習得の早さ」が生きて来ます。

 

きょうは素振りなのにドーパミンがちょろっと出たはずです。

 

 

 

と言った感じで、よ〜〜〜〜〜うやく一歩踏み出せたのですが、充実すると満足してまったりしてサボる天才の息子なので、明日からはどうなるかは・・・・。

 

またサボるでしょうね・・・(^-^;;

 

それでも現実をほぼ正面から認めたという事は大きな一歩だったと思いますので、テニスを継続する事が出来ます。

 

近道は無く、遠回りこそが必要かつ最短、最適。改めて痛感しますね。